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札幌高等裁判所 昭和50年(ネ)51号 判決

控訴人

橋本良雄

被控訴人

大原信友

右訴訟代理人

森越博史

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が昭和三三年一一月五日被控訴人との間において本件土地について建物所有を目的とし期間二〇年とする地上権設定契約を締結し旭川地方法務局昭和三三年一一月七日受付第一二〇三号をもつて地上権者を被控訴人とする地上権設定登記を経由したこと、被控訴人は昭和三八年四月ごろ本件土地上の木造建物を取毀したうえ同年一一月ごろ本件土地上に堅固な建物である本件建物を新築所有しこれを病棟として使用していること、控訴人は被控訴人に対し昭和四八年七月二五日到達の書面をもつて右地上権設定契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いなく、控訴人が昭和四八年一〇月三一日被控訴人を被告とする本訴を提起しその訴状が同年一一月九日被控訴人に対し送達されたことは、記録上明らかである。したがつて、控訴人は、本訴の提起により、被控訴人に対し本件土地の地上権設定契約を解除する旨の意思表示をしたものと解すのが相当である。

二そこで、控訴人のなした右地上権設定契約解除の意思表示の効力について判断する。

(一)  〈証拠〉を総合し、前記当事者間に争いない事実に鑑みると、次の各事実を認めることができる。

1  控訴人は、紋別市において先代から相続した土地数千坪を所有し、これを数十人に賃貸しているほか、本件土地も先代が訴外河野道夫に賃貸し、河野において戦前から右土地に木造平家建居宅一棟を所有しこれを他人に賃貸していたものであるが、昭和三三年一〇月ころ、右河野から本件土地上の右木造建物を借地権とともに被控訴人に譲渡するので了承してほしいとの申出を受けたので、右河野に対し、右建物と借地権を他に譲渡するのなら以前から本件土地を売つてほしいといつていた訴外武田幸治に譲渡してはどうかと言つたが、右河野はぜひ被控訴人に譲渡したいと重ねて懇請したのでこれに応ずることにした。

2  その後、被控訴人は、同年一一月初めごろ、右河野から本件土地上の右木造建物と借地権の譲渡を受けたので、本件土地の所有者である控訴人と面談し、本件土地上に病院を新築する予定であるので、本件土地を買受けたい旨申入れたところ、控訴人から本件土地は親から相続したものであるから他人に譲渡することはできないといつて断られたが、その際、控訴人から、将来所有者が控訴人から第三者に変つても引続き本件土地を使用できるように地上権を設定しこれを登記してはどうかと提案されたため、これを承諾し、同年一一月五日、控訴人と被控訴人との間において、地上権者を被控訴人とし、建物所有のため、期間二〇年、賃料月額坪当り一〇円、地上権設定の代価八〇万円、固定資産税の変動に伴い地代の増減ができること(但し、増減の額は固定資産税増減の額に限る。)とする地上権設定契約を締結するとともに、控訴人に対し八〇万円を支払い、同月七日、その旨の地上権設定登記を経由した。なお、その際、控訴人は、被控訴人に対し、本件土地上の建物はすでに朽廃寸前の建物であるから、将来本件土地には病院であろうと住宅であろうと、また一階であろうと二階であろうと自由に建物を建築してもよいことを了承するとともに、控訴人は現在右武田との間で本件土地について売買予約をしているが、右予約が昭和三六年四月に合意のうえ解除となつたときは被控訴人に対し協議のうえ優先的に売渡すことを約する趣旨で所有権移転を履行する旨を記載した昭和三三年一一月七日付契約書(乙第八号証)をも作成した。

3  ところが、その後、本件土地上の右木造建物がかなり老朽化し、保健所からも注意を受けるようになつたため、被控訴人は、右木造建物を取毀わして、本件土地上に木造モルタル塗りの結核病棟を新築することを計画し、昭和三八年二月に紋別市役所に対し建築確認申請をしたところ、市役所から、本件土地を含む紋別市幸町四丁目一帯は昭和三七年三月一三日以降準防火地域に指定されているうえ建築予定の建物が病棟であるから、不燃性の建物にしたほうがよいとの指示を受けたので、鉄筋コンクリートブロツク造とすることに計画を変更して建築確認申請をし、その確認を受け、昭和三八年五月初めころべツト数三三床を有する本件建物の新築工事に着工して同年一一月中旬ごろこれを完成し、その後これを現在まで病棟として使用している。

4  控訴人は、昭和三八年七月中旬ころ、被控訴人方に訪れた際、本件建物が建築中であり、建築現場にコンクリートミキサー車が生コンクリートを搬入し、本件建物の二階の鉄筋ブロツクのコンクリートの床にコンクリートを流し込んでいるところを現認し、また、翌三九年の年末には地代の集金のため紋別市を訪れた際被控訴人方に立寄つたが、被控訴人が本件土地上に本件建物を建築したことについては何ら異議を述べず、また借地の用法違反を理由に本件土地の明渡等を求める要求もしなかつた。

5  ところで、昭和四八年七月中旬ころ、被控訴人は、控訴人から本件土地上の本件建物は鉄筋ブロツク造りではないかとの確認の電話があつたので、本件建物は鉄筋ブロツクである旨答えたところ、控訴人は、「自分はそのことは全く知らなかつた。それなら用法違反で訴える。それがいやなら改めて権利金を出すか。」などと申入れてきた。そこで、被控訴人は、「控訴人は工事中にも被控訴人方に来て知つている筈だ。」と反論したところ、控訴人は「実は、三菱商事がホテル用地として本件土地を売つてくれという話があるが、買いたかつたら売つてやる。三菱商事は坪三〇万円といつてきたが被控訴人は本件土地の隣地に土地を持つているから坪四五万円でどうか。」といつてきたので、被控訴人は、少し考えさせてほしいと言つた。

6  そこで、被控訴人は、早速紋別市内の金融機関の支店長に本件土地の時価がどの程度か相談にいつたところ、本件土地は袋地であるからせいぜい坪五万から六万程度で、道路をつけても坪一〇万から一二万程度ということであつたので、控訴人に対する返答に困つていたところ、同月二五日控訴人から用法違反によつて地上権設定契約を解除するから本件土地を明渡すようにとの内容証明郵便を受取つた。被控訴人は、控訴人に対し、昭和四八年八月四日付の内容証明郵便をもつて、控訴人の申入れは常軌を逸した権利濫用で到底これを認容することができない旨回答した。その後、控訴人は被控訴人に対し、契約解除を承認のうえ改めて期間三〇年、地上権設定の対価三、三〇〇万円余、月額地代五万一、〇〇〇円余とする地上権設定契約を締結し示談しようと申入れてきたが、右法外な対価に驚いた被控訴人は、早速控訴人に対し、これに応ずる意向のない態度を示し、期間満了の際改めて土地借用のことに関して相談したい旨通告するとともに、早急に改めて地上権を設定したいとの趣旨であれば、被控訴人が依頼した森越博史弁護士に話しをしてもらいたい旨付言したところ、控訴人は、同年一〇月三一日札幌地方裁判所に対し本件土地の明渡を求める本訴を提起した。

(二)  以上の事実が認められる。

(三)  以上(一)の1ないし6の事実によれば、控訴人と被控訴人間の本件地上権設定契約の際、控訴人が将来被控訴人において本件土地に存在する木造建物を取毀わして堅固な建物を建築所有することを承認していたものと認めることは困難であるが、控訴人は、被控訴人が後日本件土地上に被控訴人の経営する病院の病棟を建築することを知悉しており、かつ当時としては高額な地上権設定の対価を受領しているうえ、昭和三六年四月以降被控訴人に優先的に本件土地を譲渡する旨を約していたことからすれば、控訴人は被控訴人に対し本件土地使用についてかなり広範な自由を許していたものというべく、しかも、控訴人は、被控訴人が本件建物を建築中および建築後にも被控訴人方を訪れ、その工事の状況および本件建物の状況を知悉していたのにもかかわらず、多年異議を述べずこれを放置してきたものというべきであるから、かかる事情のもとにあつては、本件建物建築当時において、本件建物を建築することについて黙示的に承諾をしたものとみるのが相当であるといわざるを得ない。

もつとも、控訴人は、昭和四八年七月中旬ころまで本件建物が鉄筋コンクリートブロツク造の建物であることを知らなかつたと主張し、原審および当審における控訴人本人尋問においてその旨供述しているが、〈証拠〉と弁論の全趣旨によれば、控訴人は長年地主として賃貸土地を管理している関係上借地関係や建築関係法規に精通し、かつ、本件地上権設定契約を締結する際にも、自ら被控訴人に対し賃貸借よりも地上権を設定することをすすめて多額の設定料を取得しているのみならず、些細なことにも容赦しない厳しい性格であることが認められ、本件土地の利用方法にも慎重を期し、特別の神経をつかつていたものと推認されるから、控訴人の右供述部分は軽々に措信し難い。かえつて、前掲(一)の5、6認定の事実によれば、昭和四八年七月ごろ、三菱商事がホテル建築のため本件土地を坪三〇万円で買いたい意向を持つていることを知つた控訴人がこれを糸口として被控訴人から多額の権利金を取得するかあるいは地代の値上を迫ろうとする目的をもこめて本件建物の建築につき異議を述べ、本訴を提起するに至つたものと推測されるから、本件建物を建築後長年これを利用して病院を経営してきた被控訴人に対し本件建物の収去を求めることは、極めて被控訴人に酷な結果を強いるものであつて到底容認し難く、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

(四) してみると、被控訴人の本件建物の建築所有は、本件土地の用法違反とみることができないから、控訴人は、これを理由として本件地上権設定契約を解除することができないものというべきである。

三よつて、控訴人の被控訴人に対する本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項に則り本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

物件目録〈省略〉

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